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生産性を上げることが貧困から脱出する方法だと気づいたとしても、それを実行しなければ脱出できない。ここで問題になるのが経営者の心の問題なのだ。生産性はそう簡単に上がるものではない。考えて考えて、試行錯誤を繰り返して、辿り着く。そんな面倒なことをするならと、安い賃金のバイトや一時雇用の派遣を雇い入れ、人海戦術で乗り切ろうとするとダメなのである。日本の企業の多くが陥っている問題だ。これでは生産性も上がらず、貧困のまま、デフレを招くだけだ。技術大国日本だからできることをやろうではないか。そうすれば貧困ともおさらばだ。
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会社でも個人でも、収益が上がらない、給料が上がらないと困っている人は多いのではないだろうか。理由は簡単である。仕事をしていないからだ。いや朝から夜遅くまで残業して働いているというだろう。それが間違いなのだ。仕事はさっさと終わらせるのが仕事なのだ。要はだらだら仕事をやっていても、収益は上がらない。その時間は無駄な時間なのだ。いかに効率的に仕事を進めるかが課題なのだ。効率的に仕事を進めると、たとえば2人でやっていた仕事を1人で効率よくやったとしたら、それは生産性が上がったということになる。それは投資に匹敵する行為なのだ。そしてそれは付加価値につながり、付加価値は他者との差別化につながり、収益へと繋がるという仕組みだ。仕事がはかどらないからといって、人を増やすというのはナンセンスで生産性が下がるだけ。日本で求められる貧困からの脱出の方法の一つは生産性を上げることだ。





付加価値 生産性 効率化 人の手の代わり 投資
稲荷神社は日本全国に沢山ある。行く街ごとにあるので、おそらくコンビニの数ほどあるのではないだろうか。そんな稲荷神社の総本山は言わずと知れた京都の伏見稲荷大社だ。そして日本には三大稲荷と言われる神社が他に2つあるとされているが、それは意見が分かれているようだ。そもそも稲荷神社とは何だろうか。その名前のごとく古代より五穀豊穣を願った稲の神様なのである。ときに古事記に出てくる神様が御神体と言われることもある。そして豊作が転じて商売の神様になり現代に至っている。しかし、お稲荷さんというと狐である。お稲荷さんには白狐と決まっており、神様の使いである眷属だ。これが日本全国コンビニ的に存在していると、一部で囁かれたことが全国のお稲荷さんに波及していく。商売が繁盛したと囁かれれば、お稲荷さんに人々が群がり、お稲荷さんの狐に祟られたといえば、全国で恐怖する。ある意味、お稲荷さんは現代の携帯端末のような存在であったかもしれない。SNSの都市伝説がまことしやかに囁かれるように、昔もお稲荷さんを通じていろいろな伝承を作ったのだろう。

246の課題

246といっても、道路の話ではない。もちろん道路の246も渋滞の課題などがあるが。ここでいう246の課題というのは、心理学でいう課題なのだ。「2、4、6という数字の並びにある法則があります。それは何でしょう」と問われたら、どんな法則だと思うだろうか。たとえば、2ずつ増加しているとか、偶数の連続などの仮説を想像するだろう。そこでそれを検証するため、他の数字を尋ねてよいとして、前者なら、88、90、92がその法則に則っているか、後者なら、34、36、38がその法則に則っているか尋ねたとする。両方とも正解である。そうすると仮説が検証できたので意気揚々と2ずつ増加する数字とか偶数とか答えてしまう。実は両方の仮説とも確かに正解のように見えるが、本当の答えが、単なる「増加する整数」だったらどうする? つまり、たまたま問題が2、4、6だったのだが、増加する整数なら1、2、3でも5、10、15でもよかったのである。しかし、2、4、6だったから2ずつとか、偶数とかに囚われてしまったのである。心理学も実証主義に基づいた学問であるがゆえに、仮説と検証が基本であるが、こんな初歩的なところで思い込んでしまう可能性があり、仮説が検証できたからといって絶対視してはいけないという戒めである。
現代はとかくドライである。人との関係が希薄になるわけだ。それも仕方がない面もある。なぜなら、なんでも損得が先になり、油断していると予想だにしなかった責任を押し付けられたり、損害賠償を求められたりし、訴訟に発展するケースもあるからだ。社会は法律というルールのもとに成り立っているので、人間臭くないルールというドライな関係を優先してしまう。しかし、人の物を壊したら、まず謝ろうではないか。それがルールでがんじがらめになった世の中とはいえ、それが人間関係に潤いを与える。検察庁が起訴猶予という世界でも稀な制度を取り入れているのは日本だけであり、情状酌量、反省しているなどから、あえて起訴を見送ることで、犯罪の抑止に成功しているという。これこそが人と人が生きる社会なのだ。そのためにはまず謝ることが大事だ。人の物を壊して弁償したらいいだろとか、壊れやすい物を作った奴が悪い、ではダメなのである。日本人なら潔く行こう。